freude_annexの日記

積読の備忘録、思ったこと、感じたことのひとりごと

癒しと慰め、そして可能性

そういや彼(コンスタンティン)も悪魔祓い…


Constantine - Trailer

 

ここ数日取り憑かれたように調べていることがある。

それは、癒しと慰めについて。

近代魔女の話しがツイッターで流れてきたので、それについて書いてあるものを読んで、もっと知りたくなったから。

 

思想 2018年 01 月号 [雑誌]

思想 2018年 01 月号 [雑誌]

 

 魔女関連の歴史、風俗、そしてその背後にあるキリスト教関連の歴史、ジェンダー論がいろいろと書いてあって、今まで読んでいた本に書いてあったなこれ、といった知識の点検ができておもしろかった。

 

この雑誌を読んで、いままで寝かしておいた疑問がふつふつとわきあがってきた。だいたい魔女と癒しはホントはあまり結びつかないし、魔女という言葉はポジティブな意味で使われてきたわけではない。でも今の日本ではそうじゃなく、癒しの魔女的な言葉が乱立している。他、癒しのほにゃらら、といったような言葉も乱立していて、果たしてその使い方は正しいのか?と感じることが多い。自分もそれを使っていた一人でもあるのだが。正しいかというより、しっくりこない。その違和感について調べたくなったのだ。

 

癒し(いやし)という言葉は

「病気やけが、心の苦しみなどをなおす」

「苦痛やなやみなどをなくす(やわらげる)こと」

「苦しみ、悩みなど不健全な状態をなおす。治療する」

ということばが辞書に並んでいる。

 

一方、慰めという言葉には

「心が和やかに静まる・心が晴れる・気がまぎれる」

なぐ(和)からきた言葉

そして慰み者という言葉では「からかう」「もてあそぶ」「一時の慰みとしてもてあそばれる」ともある。

 

これら二つを鑑みると、

慰みは重くなった心を軽くするもの、楽にできるものと理解できる。

癒すというのは慰みより一歩踏み込んでいくような状況と思われる。

 

ちょっと話はずれて、プラセボ(偽薬)について考える。

何かを信じることで苦痛が和らぐ、ということもあるようだ。プラセボと知っていて飲んでいたものでも効果は発揮されているのが実験で検証されている。そしてそこには患者と医師の協力関係が重要であり、協力関係があることで相乗効果を生む。

慰めであるはずのものが、癒しとなることもありうるわけだ。

 

エクソシストの本や映画を調べてみた。

youtu.be

有名なエクソシストという映画。

そして、アンソニーホプキンスがエクソシスト役をしたザ・ライト。

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つい最近まで上映されていた「悪魔祓い、聖なる儀式」

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とまぁ、ほかにもエミリーローズとかもありますが。

以前BSでも悪魔祓いの番組がありました。

そして本はこんな感じ

 

バチカン・エクソシスト (文春文庫)

バチカン・エクソシスト (文春文庫)

 

 

 

エクソシスト急募 (メディアファクトリー新書)

エクソシスト急募 (メディアファクトリー新書)

 

 

リンクした映画、本はエクソシストの悪魔祓いのやり方が比較的わかりやすく忠実に描かれているようだ。何本か、何冊か読んでみるとほぼ同じ。悪魔の種類名前を確定させて神の名のもとに立ち去らせる。儀式と言うのは形が決まっていて、仰々しく、そしてドラマチックなやり方である。これが見ていて気持ちいいもの←え?。

近年、エクソシストに相談する約9割が精神が病んでいるか一般的な病をこじらせてしまった人、らしい。仰々しい悪魔払いの儀式がプラセボであるならば、人間の可能性から考えてもそれが功を奏するだろう。あと1割が本当の悪魔、であるとも言えなくもないが…

 

再びプラセボに戻る。

神経系の病はプラセボの効果が出やすいそうだ。

臨床試験結果を先日たまたま読んだ。

NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2016年 12月号 [雑誌]

臨床試験、というのはパーキンソン病患者に偽の手術を施すといったもの。頭がい骨を少し削っただけというもの。そうしたところ劇的に回復したそうだ。手術自体に何の意味もないもの、らしい。しかし回復する。

また、偽薬を飲ませても、本物の薬と同じような脳内ドーパミン量が放出されるという。

「施し(ほどこし)」が仰々しければ、仰々しいほど=手術 回復は劇的、らしい。

世界中を見ると、シャーマン、魔術師、祈祷師等々、民間信仰を中心にこうした「施し」をしてさまざま身体を癒している人たちがいる。いかがわしいものとされている一方で、いまだ残り続けているのが現状。

キリストはそういった施しをしていたもっとも有名な人。 

 

一方で、占いというのはある意味慰めになる。

心が晴れる効果はあると思う。自分の立ち位置を知ることで安心し、慰めとなる。聴いた結果をもとに自ら前に進むことができるのであれば癒しとなるだろう。

ヒーリングやボディワークも同様。癒しとなっている部分も本当はあるのだが、一般的な話からすると慰めとされているものかもしれない。

考えていくと、癒しや慰めといったものは、受け取った人がどうとらえるか、によるものなのか。受け取るというのは響くということにもなるので、響くを考えると、エネルギーと言ったものも考えるようにもなるなと。

…次は秘教的なはなしをよんでみるかのぅ…